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2007 01,17 15:18 |
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阪神淡路大地震から早いものでもう12年。
その頃、私は京都の看護学校に通い寮生活していた。 3畳の狭い部屋に後輩と2人の共同部屋。4階建ての寮。 今考えるとありえない・・・・。 プライバシーなんて文字はこれっぽっちもない。 忘れもしないその朝、病院実習に行く準備をしていた時のこと。 縦揺れに横揺れ。 つかまる所もなく「なになに・・・」と恐怖におののき・・・。 後輩は飛び起き、何ーっと半泣き状態。 その頃、テレビ設置禁止だったので状況もわからず・・。 寮母さんから「だいじょうぶですか?」放送があったのみ。 おんぼろで今にも壊れそうな風貌の寮だったが、地震には耐えた。 とりあえず、実習に行かないといけないと思っていたため、普通にバスに乗り・・・。 しかし、電車が・・・動いていない・・・。 今ならそこで諦めて帰るのだが、この頃の私達のクラスの学生はまじめだったのか、タクシーをつかまえ実習病院に。 病院では、エレベーターが使えず、8時過ぎても患者に食事が運べていない為、学生が借り出され地下から6階まで運ばされるはめに。 病院で患者さんのテレビをみて初めて知った大惨事。 世間はこんなことになってたのかぁ~。っと青ざめた事は言うまでもない。 そして、電話も通じないため親も青ざめていたことも言うまでもない。 あれから12年も経つんだぁ。 地震の後、ちょっとした地震でも察知していたが、いつの間にか察知できなくなっている。(一時は隣県の地震も察知できた。) 分かっているようで分かっていない天災の恐ろしさ。 予告なしというのは本当に恐ろしい・・・・。 PR |
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